た襟筋……柔らかい背中の丸味……腰のあたりの膨らみ……。
 平馬は愕然となった。
 ……女だ……疑いもない女だ……。
 と気付きながら何も彼《か》も忘れて唖然となった。
 ……最初からどうして気付かなかったのであろう……恩師一柳斎の言葉はこの事であったか。あの時に、どう処置を執《と》るかと尋ねられたが……これは又、何としたものであろう……。
 と心の中《うち》で狼狽した。顔を撫でまわして茫然となった。
 その平馬の前に白い手が動いて二通の手紙様の物をスルスルと差出した。そのまま、拝むように一礼すると、又も咽泣《むせびなき》の声が改まった。
 平馬は何かしら胸を時《とき》めかせながら受取った。押し頂きながら上の一通を開いてみた。
 ボロボロの唐紙《とうし》半切《はんせつ》に見事な筆跡で、薄墨の走り書きがしてあった。
[#天から4字下げ]遺言の事
 一、父は不忍《しのばず》の某酒亭にて黒田藩の武士と時勢の事に就《つき》口論の上、多勢に一人にて重手《おもで》負い、無念ながら切腹し相果《あいは》つる者也。
 一、父の子孫たる者は徳川の御為《おんため》、必ずこの仇《あだ》を討果《うちはた》すべき
前へ 次へ
全48ページ中30ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
夢野 久作 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング