座います」
若侍は美しく耳まで石竹色《せきちくいろ》に染めて眼を輝やかした。
「イヤ。まずまずお話はあとから……こちらへ上り下されい。手前一人で御座る。遠慮は御無用。コレコレ金作金作。お洗足《すすぎ》を上げぬか……サアサア穢苦《むさくる》しい処では御座るが……」
平馬は吾にもあらず歓待《ほと》めいた。
若侍は折目正しく座敷に通って、一別以来の会釈をした。平馬も亦、今更のように赤面しいしい小田原と見付の宿の事を挨拶した。
「いや……実はその……あの時に折角の御厚情を、菅《すげ》なく振切って参いったので、その御返報かと心得まして、存分に讐仇《かたき》を討たれて差上げた次第で御座ったが……ハハハ……」
平馬は早くも打ち解けて笑った。
しかし若侍は笑わなかった。そのまま眩《ま》ぶしい縁側の植え込みに眼を遣ったが、その眼には涙を一パイに溜めている様子であった。
「……して御本懐をお遂げになりましたか」
「はい。それが……あの……」
と云ううちに若侍の眼から涙がハラハラとあふれ落ちた……と思う間もなく畳の上に、両袖を重ねて突伏すと、声を忍んで咽《むせ》び泣き初めた。……そのスンナリとし
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