しゃるおつもりか貴殿は……」
「……サア……その時は……とりあえず以前の馳走《ちそう》の礼を述べまして……」
「アッハッハッハッハッハッ……」
 一柳斎は後手《うしろで》を突《つ》いて伸び伸びと大笑した。
「アハアハ。いやそれでよいそれでよい。そこが貴殿の潔白なところじゃ。人間としては免許皆伝じゃ」
 平馬は眼をパチパチさせて恩師の上機嫌な顔を見守った。何か知ら物足らぬような、馬鹿にされているような気持ちで……。しかし一柳斎はなおも天井を仰いで哄笑した。
「アハハハ……これは身どもが不念《ぶねん》じゃった。貴殿の行末を思う余りに、要らざる事を尋ねた。『予《あらかじ》め掻《か》いて痒《かゆ》きを待つ』じゃった。アハアハアハ。コレコレ。酒を持て酒を……サア平馬殿|一献《いっこん》重ねられい。不審顔をせずとも追ってわかる。貴殿ならば大丈夫じゃ。万が一にも不覚はあるまい」

 平馬は南向の縁側へ机を持ち出して黒田家家譜を写していた。一柳斎から「世間|識《し》らず」扱いにされた言葉の端々《はしばし》が気にかかって、何となく稽古を怠けていたのであった。
 その鼻の先の沓脱《くつぬぎ》石へ、鍬《くわ
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