…」
「人間、人情の取々様々《とりどりさまざま》、世間風俗の移り変りまでも、及ぶ限り心得ているのが又、大きな武辺のたしなみの一つじゃ。それが正直一遍、忠義一途に世の中を貫いて行く武士のまことの心がけじゃまで……さもないと不忠不義の輩《やから》に欺されて一心、国家を過《あやま》つような事になる。……もっともお手前の今度の過失《あやまち》は、ほんの仮初《かりそめ》の粗忽《そこつ》ぐらいのものじゃが、それでもお手前のためには何よりの薬じゃったぞ」
「……と仰せられますると……」
「まま。待たれい。それから先はわざと明かすまい。その中《うち》に解かる折もあろうけに……とにも角にもその見付の宿の主人《あるじ》サゴヤ佐五郎とかいう老人は中々の心掛の者じゃ。年の功ばかりではない。仇討免状の事を貴殿に尋ねたところなぞは正《まさ》に、鬼神を驚かす眼識じゃわい」
「……と……仰せられますると……」
若い平馬の胸が口惜しさで一パイになって来た。それを色に出すまいとして、思わず唇を噛んだ。
「アハハハ。まあそう急がずと考えて見さっしゃれ。アッサリ云うてはお手前の修行にならぬ。……もっともここの修行が出来上れ
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