りを聞いている中《うち》に一柳斎の顔色が何となく曇って来た。しまいには燗《かん》が冷《さ》めても手もつかず、奥方が酌に来ても眼で追い払いながら、しきりに腕を組み初めた。そうして平馬が恐る恐る話を終ると同時に、如何にも思い迷ったらしい深い溜息を一つした。
「ふううむ。意外な話を聞くものじゃ」
「ハッ。私も実はこの不思議が解けずにおりまする。万一、私の不念《ぶねん》ではなかったかと心得まして、まだ誰にも明かさずにおりまするが……」
「おおさ。話いたらお手前の不覚になるところであった」
「……ハッ……」
 何かしらカーッと頭に上って来るものを感じた平馬は又も両手を畳に支《つ》いた。それを見ると一柳斎は急に顔色を柔らげて盃をさした。
「アハハ……イヤ叱るのではないがのう。つまるところお手前はまだ若いし、拙者のこれまでの指南にも大きな手抜かりがあった事になる」
「いや決して……万事、私の不覚……」
「ハハ。まあ急《せ》かずと聞かれいと云うに……こう云えば最早《もはや》お解かりじゃろうが、武辺の嗜《たしな》みというものは、ただ弓矢、太刀筋ばかりに限ったものではないけにのう……」
「……ハ……ハイ…
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