で……」
「……ホホオ……初めてと申さるるか」
「左様で……表の帳場に座っておりましても、慣れて参りますると、お通りになりまする方々の御身分、御役柄、又は町人衆の商売は申すに及ばず、お江戸の御時勢、お国表の御動静《ごようす》までも、荒方《あらかた》の見当が附くもので御座いまするが……」
「成る程のう。そうあろうともそうあろうとも……」
「……なれども只今のような不思議な御方《おかた》が、この街道をお通りになりました事は天一坊から以来《このかた》、先ず在るまいと存じまするで……」
「うむうむ……殊に容易ならぬのはアノ足の早さじゃ。身共も十五里十八里の道は日帰りする足じゃからのう……きょうも焼津から出て大井川で、したたか手間取ったのじゃが……」
 佐五郎老人はちょっと眼を丸くした。
「……それは又お丈夫な事で……」
「まして女性《にょしょう》とあれば通し駕籠に乗ったとしてものう」
 佐五郎は大きく点頭《うなず》いた。
「さればで御座りまする。貴方様のおみ足の上を越す者でなければ、お話のような芸当は捌《さば》けるもので御座いませぬが……とにかく私がこれから出向きまして様子を探って参いりましょ
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