御子息というと……」
「ヘヘ。最前お背中を流させました奴で……」
「ああ。左様か左様か。それは慮外《りょがい》致した」
「どう仕りまして……飛んだ周章者《うろたえもの》で御座います。御仁体《ごにんてい》をも弁《わきま》えませず、御都合も伺いませずに斯様《かよう》な事を取計《とりはか》らいまして……」
 平馬は又も赤面させられた。
「アハハハ……その心配は無用じゃわい。すでに小田原でも一度あった事じゃからのう。つまるところ拙者の不覚じゃわい……」
「勿体のう御座りまする」
「……しかし供《とも》を連れた奥方姿というと話があまり違い過ぎるでのう。世間慣れた御亭主に聞いたら様子が解りはせんかと思うて、実は迷惑を頼んだのじゃが」
「恐れ入りまする。お言葉甲斐もない次第で御座りまするが、只今のような不思議なお話を承りましたのは全くのところ、只今がお初《はつ》で御座りまする。何をお隠し申しましょう。私も以前は二足の草鞋《わらじ》を穿きました馬鹿者で、ヘイ……この六十年の間には色々と珍らしい世間も見聞きして参りましたが、それ程に御念の入りました狐《きつね》狸《たぬき》は、まだこの街道を通りませぬよう
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