。何と仰せられます」
「その御連様というた女の様子が聞きたいのじゃ」
「……これはこれは……旦那様は御存じないので……」
「おおさ。身共はその女を知らぬのじゃ」
「……ヘエッ。これはしたり……」
 主人が白髪頭を上げて眼を丸くした。六十余りと見える逞ましい大男であった。投げ卸《おろ》し気味の髷《まげ》の恰好から、羽織の捌《さば》き加減が、どことなく一癖ありげに見える……。
 平馬は思い出した。ここいらの宿屋の亭主には渡世人上りが多いという話を……。
 平馬の想像は中《あた》っていた。
 それから平馬が物語る一部始終を聞いているうちに老人は、両手をキチンと膝に置いた貫碌《かんろく》のある見構えに変った。平馬の顔の真正面に、黒い大きな眼玉を据えていたが、話が一通り済むと静かに眼を閉じて腕を組んだ。
「……迂濶《うかつ》な事を致しましたのう。その奥方様に私が自身でお眼にかかっておりましたならば、何とか致しようも御座いましたろうものを……若い者の鳥渡《ちょっと》した出入《でいり》を納めに参いっておりまする間に、飛んだ無調法を忰奴《せがれめ》が……」
「イヤ。無調法と申す程の事でもない……が……
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