を依頼|仕候《つかまつりそうろう》。そのため貴殿にも何事も洩らさず同婦人に自由行動を執《と》らせ候段、何卒《なにとぞ》不悪《あしからず》御諒恕《ごりょうじょ》賜《たま》わりたく、貴殿の御骨折に対しては警察当局も感謝|致居候《いたしおりそうろう》。御ゆっくりと御休息の上、明日より御出社|相願度《あいねがいたく》委細はその節を期し申候《もうしそうろう》。
 封入の金子《きんす》、貴殿俸給の内渡《うちわたし》に有之《これあり》候間《そうろうあいだ》御査収|願上候《ねがいあげそうろう》
[#ここで字下げ終わり]
                 匆々[#地より4字上げ]
  つ も り印[#「印」は○付き文字]」[#地より2字上げ]
 封入の札を数えてみると十円で七枚あった。吾輩は舌なめずりをした。それから顔をツルリと撫でまわして又一つ舌なめずりをした。津守編輯長のためなら火水《ひみず》にでも飛込む気で、靴下を穿いた。
[#改頁]


   両切煙草の謎


 ちはやふる[#「ちはやふる」に傍点]山羊髯の、津守編輯長ばっかりはドウ考えても奇妙な人間だ。内容、外観共に、古今|稀《まれ》に見る麻迦《まか》不思議な存在だ。
 誰でも新聞紙を拡げて見ればわかるだろう。どんなにケチな新聞社でも編輯長となると、生優《なまやさ》しい脳髄や精力では勤まるものでない。第一面の海外電報、東京電話の早し遅し、捏造《ねつぞう》記事か与太《よた》記事かを見分けるためには、猫の眼玉みたいに変化する世界列強のペテンのかけ合いから、インチキとヨタでゴッタ返す政局の裏表、瓢箪鯰《ひょうたんなまず》の財界の趨勢、銀行会社の金庫のカラクリ仕掛まで看破していなければならない。第二面の地方硬派、鼻糞《はなくそ》記事の軽重、大小を見分けるためには鶏《とり》の餌箱《えばこ》式の県予算、賽《さい》の河原《かわら》式土木事業の進行状態、掃溜《はきだめ》式市政の一般、各市町村のシミッタレた政治分野、陣笠代議士、同じく県議、ワイワイ市議、それらの動静、財産、趣味、道楽まで知っていなければならない。又、お次の所謂《いわゆる》三面、軟派記事の取扱い方については、その新聞の読者の智識、生活程度の各層の神経の過敏程度は申すに及ばず、ヒネクレまわる思想傾向の機微から、全国一般の社会悪の種類、程度、各地方の風俗習慣、又は、ダラシのない支局通信員の特質、能力、市内その他の花柳界の情勢、待合、芸者のパトロンの尊名から、今東京で封切られている映画が、いつ頃、どこの社の手で、当地方《こちら》のどこの館にかかるか……なぞいうヤヤコシイ事まで、要するにそこいら中に在りとあらゆる何でもカンでも知っていなければ勤まらない。おまけに競争相手の新聞社の通信、編輯能力、工場の能率なぞいうものを隅から隅まで見透しているという、つまるところ、大艦隊の指揮官級の頭脳で、善悪共に社会のトップのトップを切った記事を撰《よ》りすぐって、ほかの新聞と競争して行かなければならない……と云ったら大抵の人間が眼を眩《ま》わすだろう。そんなドエライ人間が、各新聞社に一人ずつ割当てるほど日本に居るか知らん……と肝を潰すかも知れないが、論より証拠だ。そんな人間が一人でも半分でも居なければ、新聞記事の統一が出来ないのだから仕方がない。
 実際一つの新聞の編輯長となると、どんな貧弱な新聞社へ行っても相当の働らき盛りの、生き馬の眼を抜きそうな人間が頑張っている。一筋縄にも二筋縄にもかからない精力絶倫、機略縦横、血もなく、涙も無いといったような超努級《ちょうどきゅう》のガッチリ屋が、熊鷹式の眼を爛々と光らしているものだ。
 ところがこの玄洋日報社はドウダ。
 見る影も無いビッコの一寸法師で、木乃伊《ミイラ》同然に痩せ枯れた喘息《ぜんそく》病みのヨボヨボ爺《じじい》と云ったら、早い話が、人間の廃物だろう。そいつが煎餅《せんべい》の破片《かけら》みたいな顎に、黄色い山羊髯を五六本生やして、分厚い近眼鏡の下で眼をショボショボさせている姿は、如何に拝み上げても山奥の村長さんか、橋の袂《たもと》の辻占者《うらない》か、浅草の横町でインチキ水晶の印形《いんぎょう》を売っている貧乏おやじが、秋風に吹かれて迷い込んで来たとしか思えないだろう。吾輩みたいな、東京中の新聞社を喰い詰めた、パリパリの摺《す》れっ枯らし記者の上に立つ編輯長とは、どう割引しても思えないだろう。
 ところがその山羊髯|老爺《おやじ》がソレでいて、ドコか喰えない感じがする。凄いところが在りそうな気がして、たまらなく薄気味が悪いから怪訝《おか》しい。早い話が昨日《きのう》だってこの老爺《おやじ》は、タッタ一眼、顔を見合わせただけで、どこの馬の骨だか、牛の糞だか判然《わか》らない……しかも悪タレ記者である事を名乗り上げている吾輩を見事手玉に取った上に、黙って七十円の大金を呉れている。むろん吾輩も七十円以上に価する名記事を取るには取った……取らせられたつもりだが、今日会って、改めて御礼を云っても……オヤ、そうでしたか……といったような顔で朝日を輪に吹いている。続いて働らいてくれとか、履歴書を出せとかいうような挨拶を一言もしないで空嘯《そらうそぶ》いている事は昨日の通りである。むろんこっちからも……引続いて雇ってくれるかどうか……なんて念を押すようなヘマはしない。ウッカリ云い出して「別に雇った訳ではありませんが」とか何とかフワリと遣られたら、摺《す》れっ枯らしの沽券《こけん》に拘《かか》わるばかりじゃない。折角《せっかく》あり付きかけた明日のオマンマがフイになる。何とも云わずに図々しく居据わる事だ。そうして追い出そうにも追い出し得ないスバラシイ記事を今日も一つ取る事だ。……そう思い思い編輯室の隣室《となり》の応接間に架けて在る玄洋日報|綴込《とじこみ》を、丸|卓子《テーブル》の上に引出して、前月以来の三面記事を次から次へと引っくり返してみると……。
 ……あるある………。
 福岡県の管轄内だけでも未解決の犯罪記事がウジャウジャ在る。……どうせ田舎の警察と新聞だから、見落しばっかりの手抜かりばっかりで、片端《かたっぱし》から迷宮に逐《お》い込んだのだろう……なんかと思い思い、そんな迷宮事件や尻切蜻蛉《しりきれとんぼ》事件の一つ一つを点検して行くと、目星《めぼ》しい記事がタッタ一つ見付かった。
 それは殆んど完全に近い迷宮事件と見える殺人事件であった。手口は極めて残忍な割に犯跡がわからないらしく、既に捜索に次ぐ大捜索後、一箇月を経過している。……ヨシ……コイツを一つ解決して吾輩の腕前を見せてやろう。吾輩一流のヨタやインチキを絶対に用いない地道《じみち》な、五分も隙の無い本格式の探偵法で、ドン底までネタをタタキ上げて、あの山羊髯をギャッと云わせてくれよう。ついでに県下の警察と新聞社の眼球《めだま》を刳《く》り抜いて、押しも押されぬ雷名を轟かしてくれよう。

 ……事件の内容は極めて簡単である。
 去る十一月三日(大正十一年)、の午前中の出来事だ。
 福岡市外、箱崎というと有名な筥崎《はこざき》八幡宮の所在地だろう。その八幡宮の横町に在る下駄屋が、まだ寝ていると見えて、表の板戸をピッタリ卸《おろ》したままである。……いつも早起きの爺さんが……と近所の者が不審を起して、午前の十一時頃になってから、表の板戸を引っぱってみると、何の苦もなくガラガラと開《あ》いた。見ると下駄や草履《ぞうり》を並べた表の八畳の次の六畳の間《ま》の上《あが》り框《がまち》の中央に下駄の鼻緒だの、古新聞だのが取散らしてある中に、店の主人一木惣兵衛(六十四歳)が土間の方を向いて突伏《つっぷ》している。そのツルツルの禿頭《はげあたま》は上框からノメリ出して、その真下の土間に夥しい血の凝塊《かたまり》が盛り上っている。脳天の中央に、鉄槌《かなづち》様の鈍器で叩き破られた穴がポコンと開《あ》いて、真黒な血の紐《ひも》がユラユラとブラ下がっていた。何等の苦悶の形跡《あと》も無い即死と見えた……という簡単な死に方だ。その屍体の両手は、鼻緒をスゲ掛けた、上等の桐柾《きりまさ》の駒下駄をシッカリと掴んでいた……というのだから、註文したお客が、仕事に気を取られている老爺《おやじ》の油断を見澄まして、一撃《ひとう》ちに殺《や》ったものに違いない。現に兇行用のものに相違ない、尖端《はし》に血の附いた仕事用の鉄槌が、おやじの右脇に在る粗末な刻みの煙草盆の横に転がっていた。兇行後、無造作に投出して行ったものと認められた。そのほかに手懸りらしいものといっては一つも半カケも認められない(参考のために附記しておくが、その時分大正十一年頃までは指紋法が全国に普及していなかった)。
 ただ、それだけの現場《げんじょう》である。何も無くなった品物も無く、荒らされている形跡も無い。近所の者の話によるとこの爺さんは綽名《あだな》を仏《ほとけ》惣兵衛と呼ばれていた位の好人物だったそうだ。古くからこの土地で小さな下駄屋を遣っていたが、儲《もう》けた金は病人の女房の養生費にアラカタ注《つ》ぎ込んでいたものだという。だから今度の災難もその女房が、養生に行った留守中、タッタ一人で自炊していたために起った事件に違いないが、売溜《うりだめ》の十一円なにがしの金は、三百四十円ばかりの貯金の通帳と一所《いっしょ》に、手提金庫の中にチャンと在ったのだから、それを目的の仕事とは思えない。しかし又一方にこの惣兵衛さんはモウ六十いくつで、仏と云われる位の好人物だったし、女房のおチカ婆さんというのが又、近所でも評判の堅造《かたぞう》だったから、色恋の沙汰も、人に怨まれるような事も在りそうに無い……というのがこの事件の核心的な不思議の一つであった。
 そのうちに伊勢の山田の灸点《きゅうてん》の先生の処へ行って養生をしていた、女房のお近婆さんが驚き慌てて帰って来たが、大学で解剖後、火葬に附せられた亭主の骨壺を抱いて、涙に暮れるばかりであった。
「只今まで警察で厳しいお調《しらべ》を受けましたが、妾《あたし》はマッタク何も存じません。妾はこの亭主に一生苦労をさせ通して死に別れました。子供は無いし、これぞという親戚も無いし、跡《あと》はどうしてよいやら途方に暮れております。
 結婚後、血の道から癆性《ろうしょう》になって、そこの灸が利くとか、御祈祷がよいとか聞くたんびに、西から東と走りまわって養生をしておりましたが、その養生の費用を稼ぐばっかりで亭主は一生を終りました。お前が健康《じょうぶ》になってくれさえすれば、どこからか二千円ばかり算段して来て、下駄の卸問屋《おろしどんや》をして、自分で卸してまわるのに……と云うておりましたが、それも今は夢になってしまいました。この家《うち》でも売ってお金にして、門司に居る甥《おい》の処へでも行くより外に仕方はありませぬ……云々……」
 こうした言葉を警察では図星《ずぼし》に信じてしまったらしい。結局、犯行の目的がわからぬとなると、直ぐに市内の浮浪狩を初めて、怪しいと思う奴を片《かた》ッ端《ぱし》からタタキ上げたらしい記事が、それから二三日おいて連続的に掲載されているが、つまらない狐鼠泥棒《こそどろ》ぐらいのものを掘出しただけで、下駄屋殺しの嫌疑者らしい者は影法師すら発見出来なかった。それっきり事件は迷宮に這入ってしまって、世間からも新聞社からも忘れられているらしい。
 これだこれだ……。
 コンナ美味《うま》い材料《ねた》が外に在るものか。特に吾輩のために警察が取っといてくれたような迷宮事件だ。
 第一、人を殺すのに目的無しで殺す奴があるものじゃない。
 第二にコンナ気の小さい、苦労性な老爺《おやじ》は、儲けた金を銀行や郵便局へ預けるほかに、よく現金のマンマで、どこか人の知らない処にシコ溜めている例があるものだ。殊に世間から、正直とか、仏とか呼ばれている人間にソンナ種類の金溜《かねた》め屋《や》が多いのは、吾輩が覗きまわった種々雑多な社会層の中《うち》で屡々《しばし
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