わせた。冴え切った微笑を含み含み天下無敵の科白《せりふ》を並べ初めた。
「わたくし、ちゃんと存じております。……あの此村ヨリ子と申します娘は鎮西電力のタイピストで、この安島の妾《めかけ》になっていた女で御座います。……安島の浮気はいつもの事で、相手も数限りない事で御座いますから、わたくしは何も……申しませんでしたけれども、主人が、あんまり見瘻《みすぼ》らしい処へ通いますから、家柄にも拘わると思いまして、それほど気に入った女《ひと》なら、当宅《うち》へ引取って召使ってはどうかと勧めましたけれども、安島は、そんな事はない。アレは妾でも何でもない。気の毒な孤児《みなしご》だから、人から頼まれて世話しているだけだと申します。タイピストを辞《や》めさせてまで世話する筋合いがドコに在るか存じませんが……ホホ……それで、わたくしは決心を致しまして、あの宿の主人と相談を致しまして、ヨリ子を今朝《けさ》から当宅《たく》へ引取って、わたくしの側で召使う事に致しましたが、あまり来方《きかた》が遅う御座いましたので、当宅《こちら》の自用車を迎えに出したので御座います。これは妻として主人の名誉を大切に致しますた
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