り上げた。苦り切って夫人を睨み付けた。
「だから云わん事《こっ》ちゃない。余計な事をするもんじゃから……」
「イヤ。どうも済みません。その俥《くるま》を利用した僕が悪いんです」
「イイエ。貴方がお悪いのじゃ御座いません。主人が悪いのです」
「コレ。余計な事を……」
「イイエ……」
夫人の眼がギリギリと釣上った。純然たる新派悲劇式の、キチンとした立姿になって主人と吾輩を等分に見比べた。鬢《びん》の毛が二三本ホツレかかってトテモ凄《すご》い。
主人の二郎氏が吾輩にチラチラと眼くばせをした。早く出て行ってくれ……と云いたい意味がよくわかったが、吾輩は出て行かなかった。何だかわからないがトテモ面白かったので……。
夫人は人形のように冷静に、唇を動かした。
「イイエ。申します。どうぞ新聞に書いて下さい。その方がいいのですから……」
見る見る血の気《け》を喪った二郎氏は、万事休す……といった風に頭を抱えてドッカリと安楽椅子《イージイチェア》の中へ沈み込んだ。どうやらこの夫人のヒステリーは天下無敵のシロモノらしい。
冷やかに主人の態度をかえりみた夫人は突立ったまま、両手を静かに揉《も》み合
前へ
次へ
全106ページ中97ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
夢野 久作 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング