す訳にも行かない。……ええ糞。どうでもなれ……と思って玄関に立つと俥夫が呼鈴《よびりん》を押してくれた。出て来た小間使に名刺を渡して、案内さるるままに美事な応接間に通った。まるでアラビヤン・ナイトだ。
どうも美事なのに驚いた。青豆色《フーカスグリン》の天井。古黄金色《こもんいろ》の四壁。五色七彩の支那|絨氈《じゅうたん》。蛇紋石《じゃもんせき》の大暖炉。その上に掛かった英国風の大風景画。グランドピアノ。紫檀《したん》の茶棚。螺鈿《らでん》の大|卓子《テーブル》。ロココ風のクリスタル・シャンデリヤ。南洋材のキャビネット。黄緞子《きどんす》の長椅子《ソーファ》。安楽椅子《イージイチェア》。白麻ドロン・ウォークの窓掛などをキョロキョロと見まわしているうちに、フト傍《そば》の飾戸棚《キャビネット》の横に附いている小さな鏡の中に自分の顔を発見してギョッとした。頭髪《あたま》がまるで煙突の掃除棒だ。おまけに眼鏡を忘れて来ている面付《つらつき》のまずい事。分捕《ぶんどり》スコップに洋服を着せたってモウすこしは立派に見えるだろう。洗い直して来ようかしらんと思って、洗面所らしい処を見まわしているうちに
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