何時間ぐらい睡《ねむ》るでしょうか」
「わかりませんねえ。夕方までぐらい睡るかも知れません」
「助かりますか」
「大抵助かります」
「ハハア……そこんところを一つ、まだ助かるか助からぬか、わからない事にして書きたいですが、含んでおいてくれませんか。そう書かないと新聞記事になりませんから……」
ドク・リン氏は眼をパチパチさせた。妙な顔をして不承不承にうなずいた。大して事実を偽る訳ではないし、吾輩に痛いところを見られているもんだから余儀なく承知したのだろう。
押入から布団をモウ一枚出して掛けてやりながら考えた。何とかして女の旦那を探し出す工夫は無いか。下宿の親仁《おやじ》は遊び人だから滅多《めった》に口を割る気遣いが無いし、ドク・リン氏だって知らないにきまっている。身のまわりのものに見当をつける品物も無いし、手紙なんかも在りそうにないし……ハテ。困ったな。相手の旦那を見付けて「彼女自殺の感想談」を一席弁じさせなくちゃ、記事にならないんだが……と頻《しき》りに首をひねっているところへ、下から煙草店に坐っている小娘が上って来た。藤六の娘らしく鼻っ株が大きい。
「あの……お迎えの俥《くるま》
前へ
次へ
全106ページ中91ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
夢野 久作 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング