ダイ。お爺《とっ》さん。胡麻化《ごまか》しちゃイケないぜ。大抵わかってんだろ」
と一本|啖《く》らわしてやったら親仁が禿頭《はげあたま》を掻いた。
「エヘヘ。済みません。実は新聞に書かれちゃ困りますけに……レコだすけにな」
と小指を出して見せた。
「ヘエ。旦那は誰ですか」
親仁は又頭を掻いた。両手を膝に置いて頭を一つ下げた。
「そ……そいつは御勘弁下さい。……わたくしが、お世話しましたとですけに……」
「アハハ」と今度は吾輩が頭を掻いたが、親仁《おやじ》がちょっと両手を合わせて拝む真似をしたのを見ると可哀相になった。
「失敬失敬。それじゃ本人が死んだらスッカリ事情を話して下さいよ。決してこちらさんに御迷惑になるような事は書きませんから……」
親仁は苦笑して首肯《うなず》いた。その首肯き方で女の旦那というのはヨッポド大物らしいと思った。
二階へ上ってみると六畳ばかりの床の間附の部屋の中央《まんなか》に、花模様のメリンスの布団を敷いて、半裸体の女が大の字に寝かしてある。
その枕元に近所の医者……下宿の女将《おかみ》の報告に係る淋病のドクトルがタッタ一人坐って胃洗滌をやっている。
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