金盥《かなだらい》の中を覗くとドロドロの飯粒と、糸蒟蒻《いとこんにゃく》が漂っている中に白い錠剤みたようなもののフヤケたのがフワフワと浮いている。
患者は、
「ガワガワ……グルグル……ゴロゴロゴロ……」
と二重|腮《あご》をシャクリながら嘔《は》いているが、そのまま手足を長々と投出しながらスヤスヤと睡《ねむ》っている。
変テコな状態だが、まだ相当麻酔しているのであろう。
流行の庇髪《ひさしがみ》に真物《ほんもの》の真珠入の鼈甲櫛《べっこうぐし》、一重|瞼《まぶた》の下膨《しもぶく》れ。年の頃は二十二三であろうか。
顔から肩から胸元……背中はわからないが手首、足首まで真白に化粧して頬紅、口紅をさしているが、その色っぽい事。正に熟《う》れ切った、女盛りの肉体美だ。
吾輩が上って行くと、ドクトル淋病氏が、ハッとしたらしい。
吾輩が女のオデコの上に名刺を置いて見せたらドク・リン氏が叮嚀に頭を下げて説明してくれた。
好人物らしい微笑を浮かべて、
「私はタッタ今来たんです。広矢《ひろや》と申します。今朝早く、夜中に、かなり多量のカルモチンを嚥下《えんか》したらしいですが、胃洗滌
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