てくれた。こっちも頭を下げながら出会い頭《がしら》に問うた。
「どうしたんですか」
親仁《おやじ》は妙に笑いながら表の戸をピッタリと閉め切った。上り框に腰をかけて声を潜めた。
二階の女は此村《このむら》ヨリ子という別嬪《べっぴん》で二個月前から下宿している。毎日十時頃に起きて、朝湯に這入って、念入りにお化粧をしてから十二時頃飯を食う。それから午後の三時頃になって綺麗に着飾ってどこかへ出かけて、夜の十一時か十二時頃帰って来て、自分で表の入口の締りをして寝るだけが仕事で、宿主の方ではまことに手数がかからない。下宿料もキチンキチンと入れる。今朝はどこかへ奉公のお眼見得《めみえ》に行くのだから早く起してくれと云って寝たが、十時頃まで起きないから、起しに行ってみると、イクラゆすぶっても眼を開けない。どうも様子が怪訝《おか》しいようだから、近所の医者を呼んで来て診《み》てもらったら、睡り薬を服《の》み過ぎているらしい。自殺かも知れないという話。万一自殺となると身よりタヨリの事はヨリ子から一つも聞いていないし、第一何の商売だか全くわからないから、今も巡査に聞かれて困ったところだと云う。
「ナアン
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