、その金を捲上げて、後家さんの口を閉《ふさ》いで、高飛びするつもりでした。
 どうせ死刑になるんなら何も彼《か》も申上げて死にます。御手数をかけて済みません。云々。
[#ここで字下げ終わり]
 吾輩は呆れた。驚いた。昨日《きのう》、後家さんの話をした時に急に変った理髪屋《とこや》の親方の悪魔|面《づら》を思い出して飛び上った。まるで名探偵の吾輩の行動を一から十までチャント見ていたような名記事だ……と思い思いその新聞を持って編輯室に押しかけて行った。
 安い弁当飯を頬張って山羊髯をモクモクと動かしているおやじ[#「おやじ」に傍点]の鼻の先へ新聞記事を差付けて指《ゆびさ》した。
「この記事は誰が書いたんですか」
「ムフムフ。わしが……書いたがナ……」
 と云い云い山羊髯にクッ付いた飯粒を抓《つま》んで口の中へ入れた。序《ついで》に総入歯の下の段を鼻の先へ抓み出して白茶気《しらちゃけ》た舌の先でペロペロと嘗《な》めまわした。
 不愉快なおやじ[#「おやじ」に傍点]だな……と思ったが、それどころではなかった。
「……冗談じゃない。コンナ馬鹿な事を犯人が喋舌《しゃべ》ったんですか」
「ムフムフ。
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