宇《ながらう》で一服しかけた親方は、何気なく吾輩が差出したバットの箱を受取ってチョット押し頂きながら一本引出した。慣れた手附で、火鉢の縁へ縦にタタキ付けて、巻《まき》を柔らかくしながら吸い付けた。
「吸口はまだ這入っているぜ……君……」
「ヘエ。どうも済みません。……わっしゃドウモこの吸口の蝋《ろう》の臭いが嫌いなんで……ヘヘ……有難う存じます。只今お釣銭《つり》を……あ……どうも相済みません。お粗末様で……」
吾輩は、五十銭玉を一個、若い親方の手に握らせて表へ出た。ブラリブラリと歩き出しながら町角を右へ曲ると、急に悪夢から醒めたように火見櫓《ひのみやぐら》の方向へ急いだ。
翌る朝、玄洋日報の第三面に特号四段抜の大記事が出た。
「筥崎の迷宮事件……下駄屋|殺《ごろし》犯人捕わる……隣家《となり》の理髪店主……端緒は現場の吸殻から……」云々と……。
記事は面倒臭いから略するが、犯人の理髪屋の若親方甘川吉之介(三十)と、昨日《きのう》の正午《ひる》過ぎに、偶然に訪ねて来た被害者、仏惣兵衛の後家さんチカ(五二)が、筥崎署へ引っぱられると同時にスッカリ泥を吐いてしまった。
後家のお近
前へ
次へ
全106ページ中73ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
夢野 久作 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング