婆さんは共犯ではなかったが、しかし犯行の動機は婆さんの不謹慎から生み出されたものに相違なかった。
 お近婆さんは評判の通りの堅造《かたぞう》であった。結婚匆々から病身のために亭主と離れ離れになっていたせいであったろう。五十を越しても生娘《きむすめ》のように肌を見せるのを嫌がったので、行く先々の鍼灸《はりきゅう》治療師が困らせられる事が多かった。同じ治療を受けに来ている患者達の間で浮いた話が始まると、すぐに席を外すくらい物堅い女であった。
 ところが俗に魔がさしたとでもいうのであろう。伊勢の天鈴堂《てんれいどう》という大流行の灸点師《きゅうてんし》の合宿所の共同風呂で、東京から神経痛を治療しに来ている理髪職人の甘川吉之介とタッタ一度、あやまって一所に入浴して以来、スッカリ吉之介に迷い込んでしまって、治療をソッチ退《の》けにして、名所名所を浮かれ廻わっている中《うち》に、亭主の惣兵衛が生前、長年の間、五十銭銀貨ばかりをコッソリとどこかへ溜め込んでいる事実を、何の気もなく喋舌《しゃべ》ってしまった。
 これを聞いた吉之介は、東京で色々な女を引っかけ飽きた揚句《あげく》、親方の女房と情死をし損
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