を買ってくれる人の下ならドンナ仕事でもいい……月給なんかイクラでもいい……やってみようと思ってお訪ねした訳なんですが……東京中の新聞社と警察と下宿屋連中にお構いを喰っちゃったんで行く処が無いんです……今年二十四なんですが……いかがでしょうか……」
そう云う吾輩の顔を山羊髯はマジリマジリと見ていた。吾輩が臓腑《はらわた》のドン底の屁《へ》ッ滓《かす》の出るところまで饒舌《しゃべ》り尽してしまっても、わかったのか、わからないのかマルッキリ見当が付かない。朝鮮渡来の木像じみた表情で、眼をショボショボさせながら、片手で吾輩の名刺をヒネクリまわしているキリである。
吾輩もその顔を見詰めて眼をショボショボさせた。真似をしたんじゃない。気味が悪くなって来たからだ。同時に中風病《ちゅうぶうや》みみたような椅子の上に、中腰になっている吾輩の両脚が痺《しび》れそうになって来た。汚れた名刺を取返して、諦らめて帰ろうかと思い思い、尻をモジモジさせていると、又も下ッ腹が大きな音を立ててグーグーと鳴った。今度こそ慥《たし》かに聞こえたに違いない。
吾輩は心細いのを通越して涙ぐましくなった。見得も栄《は》えも
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