…」
と云い云い傍《そば》の椅子を指したので、イキナリ腰をかけようとすると忽《たちま》ち引っくり返りそうになったから、慌てて両足を突張った。椅子の足がみんなグラグラになっているのだ。吾輩は下ッ腹を凹《へこ》ましてステッキを突張った。
山羊髯の爺《おやじ》は、その吾輩の真正面に、丸|卓子《テーブル》を隔ててチョコナンと尻を卸《おろ》した。向側《むかいがわ》の椅子も相当歪んでいるようであるが、引っくり返らないのは身体《からだ》が軽いせいであろう。その貧弱な事、踏台にハタキを立てかけた位にしか見えない。コンナ奴の下になって働らくのか……オヤオヤと思いながらも吾輩は、絶体絶命の雄弁を揮《ふる》って採用方を願い出た。今までの事を残らずブチ撒《ま》けてしまった。
「……だからモウすっかり屁古垂《へこた》れちゃったんです。編輯の給仕から、速記者から、社会部の外交まで通過して来るうちに、悪い事のアラン限りを遣り尽して来たんです。そうしてモウすっかり前非後悔しちゃったんです。これから一つ地道《じみち》になって働らいてみようと思いましてね……どんなボロ新聞社でもいいから……イヤナニその……何です……僕
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