の床の片隅に、古い銅版がガチャガチャと山積してあるのは、地金屋《じがねや》にでも売るつもりであろうか。……そんなものを見まわしているうちに思いがけなく腹がグーグーと鳴り出してタマラない空腹を感じ出した。そこで吾輩は意気地なく杖を突張って我慢しようとしているところへ、うしろの方に人の気はいがしたので、ビックリして振り向いてみると、すぐに奇妙な恰好をした小男と顔を合わせた。
背の高さは五尺足らず……ちょっと一寸坊といった感じである。年は四十と七十の間ぐらいであろうか。色が真黒で、糸のように痩せこけているので見当が付きにくい。白髪頭を五|分刈《ぶがり》にして分厚い近眼鏡をかけて、顎の下に黄色い細長い山羊髯《やぎひげ》をチョッピリと生やしている。それが灰色の郡山の羽織袴に、白|足袋《たび》に竹の雪隠草履《せっちんぞうり》という、大道易者ソックリの扮装で、吾輩の直ぐ背後《うしろ》に突立っていたんだからギョッとさせられた。今の腹の音を聞かれたんじゃないかと思って……。
その山羊髯の一寸坊|爺《じい》は、身体《からだ》に釣合った蚊の泣くような声を出した。
「お待たせしました。わたし……津守です…
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