きに反《そ》り返っているので、ウッカリすると辷《すべ》り落ちそうな気がしたからだ。今朝《けさ》早く、汽車|弁当《べん》を一つ喰った切り、何も腹に入れていなかったせいかも知れないが……。
 ヤットの思いで上に登り付くと、小使が仁王立ちになって待っていた。それでも最上級の敬語であったろう……、
「ココへ這入って待って居《お》んなさい。今津守さんが見えますけにナ……」
 と云うと、又もドシンドシンと雷鳴を轟《とどろ》かしながら暗い階段を降りて行った。
 ……又、心細くなりそうだな……と思い思い出来るだけ心細くならないように……イヤ……出来るだけ威勢よく見せかけるために部屋の中を見まわした。
 多分、応接室のつもりだろう。穴だらけの青|羅紗《ラシャ》を掛けた丸|卓子《テーブル》の左右に、歪《ゆが》んだ椅子がタッタ二つ置いてある。右手の新聞|原紙《ゲラ》で貼り詰めた壁の上に「南船北馬……朴泳孝《ぼくえいこう》」と書いた大額が煤《すす》け返っている。それに向い合《あい》に明治十二年発行の「曙《あけぼの》新聞」の四|頁《ページ》が、硝子《ガラス》枠に入れて掛けてあるのはチョット珍らしかった。泥だらけ
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