ろきましたねえ。旦那のアタマの良いのには……」
「ナアニ。外国の犯罪記録を調べてみるとコレ位の事件はザラに出て来るよ。山の中の別荘で寝しなに、可愛がって頂戴と云った女を急に殺してみたくなったり、霧の深い晩に人を撃ってみたくなってピストルを懐《ふところ》にして出かけたりするのと、おんなじ犯罪の愛好心理だ。所謂《いわゆる》、純粋犯罪というのとおんなじ心理状態が、この事件の核心になっていると思うんだ。そんな人間が都会に住んでいる頭のいい学者とか、腕の冴えた技術家とかいうものの中からヒョイヒョイ飛出す事がある……と横文字の本に書いてあるんだ。つまり文化意識の行き詰まりから生まれた野蛮心理だね」
「ヘエエ。なかなか難解《むずか》しいもんで御座いますね」
親方の剃刀が、微かな溜息と一緒に吾輩の襟筋で動き出した。同時に吾輩も心の中でホッとした。生命《いのち》がけの冒険が終局に近付いて来たらしいので……。
「日本の警察なんかじゃ、そんなハイカラな犯罪がある事を知らないもんだから、犯罪と云やあ、金か女かを目的としたものに限っているように思って、その方から探りを入れようとするんだ。だからコンナ事件にぶつ
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