んで。永らく空いてるもんですからね。そんな事を云うんでしょう」
「ウン。是非買いたいんだが、どうだい。坪十円ぐらいじゃどうだい。裏庭を入れて百坪ぐらいは有るだろう」
「そんなには御座んせん。六十五坪やっとなんで。裏庭の半分は他所《よそ》のなんで……」
「向うの駄菓子屋のかね」
「そうなんで……十円の六十五坪の六百五十円……じゃチョット後家さんが手離さないでしょ。建物を突込んで千円位でなくちゃ」
「坪当り十六円か。安くないなあ」
「相場だと二十四五円のところですが」
「しかし八釜《やかま》しい曰《いわ》く附の処だからな」
「旦那は御存じなんで……」
「知ってるとも……迷宮事件だろう……怨みの火の玉が出るってな無理もないやね」
吾輩の頸動脈の処から親方がソッと剃刀を引いた。頬を青白く緊張さしてゴックリと唾液《つば》を嚥《の》み込んだ。
吾輩は少々面白くなって来た。どうもこれが悪い癖なんだが……。
「ねえ。そうだろう。何の罪も無い、ただお金をポチポチ溜めて、お神さんを養生させるだけが楽しみといったような仏性《ほとけしょう》のお爺さんが、怨みも何も無い、思いがけない人間から、思いがけない非
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