道《ひど》い殺され方をしたんだからね。殺されたッ……と思った一刹那の一念は、後を引くってえじゃないか」
親方が何気なく、剃刀を磨ぎに行った。吾輩は追いかけるように振返って問うた。
「君はドウ思うね。この犯人は……」
「……………」
親方は吾輩の質問を剃刀を磨ぐ音に紛らして返事をしなかった。しかしその一心に剃刀を磨ぐ振りをしている色悪《いろあく》ジミた横頬の冴えよう。……人間の顔というものは、心の置き方一つでこうも変るものかと思いながら鏡越しに凝視していた。そのうちに剃刀を磨ぎ澄まして神経を落付けて来たらしい親方が、さり気なく吾輩の背後に立ち廻わって剃刀を構えた。淋しい淋しい微笑を薄い唇に浮かべた。
吾輩は白い布片《きれ》の下で全身を緊張さした。両の拳を握り固めて、無念流の棄て構え……といった恰好に身構えたが、白い布片を剥《め》くったら、虚空を掴んで死にかけている人間の恰好に似ていたろう。コンナに真剣な気持で顔の手入れをしてもらった事は生れて初めてだ。
「モミ上《あげ》は短かく致しましょうか」
「普通《あたりまえ》にしてくれ給え。短かいのは亜米利加《アメリカ》帰りみたいでいけない」
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