なったまま、婆《ばばあ》じみた、泣きそうな笑い顔をしいしい首を縮めて鋏を使っている。鏡越しに顔を見られたので、仕方なしに作った笑顔らしかった。
「ヘエ。すこしばかり……山が当りましたので……」
 とシドロモドロの気味合いで答えた。まるで警察へ行って答えるような言葉遣いだ。……どうも怪訝《おか》しい。とにかく一種変テコな神経を持った男に違いない……と思った。それでも頭髪《あたま》はナカナカ上手に刈れている。吾輩の薄い両鬢《りょうびん》に附けた丸味なぞ特に気に入った。巾着切《きんちゃくきり》かテキ屋みたいに安っぽい吾輩の顔の造作が、お蔭で華族の若様みたいなフックリした感じに変って来たから不思議だ。
「山が当ったって相場でも遣ったのかい」
「……ヘエ……まあ。そんなところで」
 若い親方の返事がイヨイヨ苦しそうである。吾輩は又、話頭《はなし》を変えた。
「隣りの家《うち》ねえ」
「ヘエッ……」
 トタンに若い親方の顔が、鏡の中でサッと変った。鋏を動かす手がピッタリと止まった。ヨクヨク臆病な男と見える。そんなに魘《おび》える位なら、そんな恐怖《こわ》い家の近くへ来なけあいいにと思った。
「実は
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