者だというのに、どうも、おかしな男だ。東京を怖がっているような言葉尻の濁し方だ。多分東京で色事か何かで縮尻《しくじ》って落ちぶれて来たんだろう。東京と聞くとゾッとするような思い出があるんだろう。
「どうしてコンナ処へ流れて来たんだい。それくれえの腕があれあ、東京だって一人前じゃないか。ええ?……」
「そんなでも御座んせん」
「ござんせん」がイヤに「ござんせん」摺《ず》れがして甘ったるい。寄席《よせ》芸人か、幇間《たいこもち》か、長唄|鼓《つづみ》の望月《もちづき》一派か……といった塩梅《あんばい》だ。何にしてもコンナ片田舎で、洗練された江戸弁を相手に、洗練された鋏の音を聞いているともうタマラなく胸が一パイになる。眼を閉じていると東京に帰ったようななつかしい気がする。
「どうだい。東京が懐かしいだろう」
「……………」
 今度は全然返事をしない。よっぽど気の弱い男と見える。
「ずいぶん掛かるだろうなあ。コレ位の造作《ぞうさく》で理髪屋《とこや》を一軒開くとなると……ええ?……」
「……………」
 話頭《はなし》を変えてみたが、依然として返事をしない。眼を開《あ》いて鏡の中を見ると、真青に
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