事をしている状態を想像すると、ちょうど電燈の真下の処に老爺の禿頭《はげあたま》が来る事になる。デンキとデンキの鉢合わせだ。嘸《さぞ》テカテカと光っていた事であろう。
近所|隣家《となり》は寝鎮《ねしず》まった、深夜の淋しい横町である。ほかには誰も居ない空屋同然の家の中で、両切《りょうぎり》を吹かしながらその禿頭を睨んでいた犯人の気持は誰しも想像出来るであろう。そこへ何も知らない老爺が、鼻緒を引締めるために、力を入れながら前屈《まえかが》みになる。テカテカ頭を電燈の下にニューと突き出す。トタンに使い終った重たい鉄槌《かなづち》を無意識に、犯人の鼻の先へゴロリと投出す。
……これじゃ殴らない方が間違っている。何の気も無い人間でもチョットの間《ま》……今だ……という気になるだろう。笑っちゃいけない。そんな千載の一遇のチャンスにぶつかれば吾輩だって遣る気にならないとは限らない。禿頭と鉄鎚の誘惑に引っかからないとは限らない。人間の犯罪心理というものはソンナところから起るものだ。つまりこの事件はホンノ一刹那に閃めいた犯罪心理が、ホンノ一刹那に実現されたものに過ぎないのではないか……という事実が
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