わせるのに都合のいい位置を考え考え、上り框に腰を掛け直してみた結果、老爺の右手の二尺ばかり離れた処が丁度いいと思った。
 吾輩……すなわち犯人は、おやじがどこかへ現金を溜めている事を人の噂か何かで知っている。だから家内の様子を見定めるつもりで……泥棒に這入る瀬踏みのつもりで、夜遅く、老爺がタッタ一人で寝ているところを、近所へ気取《けど》られないように呼び起して、取りあえず上等の下駄を買って、上等の鼻緒をスゲさせている……つもり[#「つもり」に傍点]になってみる。そうして正直者の老爺が一生懸命に仕事をしている隙《すき》に、煙草を吹かし吹かしジロジロとそこいらを見廻していたであろう犯人の態度を真似てみる。つまり一廉《ひとかど》の名探偵を学んだ独芝居《ひとりしばい》であるが、やってみると何となく鬼気が身に迫るような気がする。そのうちに、フト頭の上の半分割れた電燈の笠を見上げたトタンに我輩は又、一つの素晴らしいインスピレーションにぶつかった。犯人のその時の心理状態がわかったように思ったので、吾ながらゾーッとさせられた。
 その電燈の位置と、血の痕跡《あと》の位置とを見比べて、老爺《おやじ》が仕
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