家《うち》の中の畳は一枚も敷いて無いし、建具も裏二階の階子段までも外《はず》してあった。台所には水棚も水甕《みずがめ》も無く、漬物桶を置いたらしい杉丸太の上をヒョロ長い蔓草《つるぐさ》が匍《は》いまわっていた。空屋特有の湿っぽい、黴臭《かびくさ》い臭いがプンと鼻を衝いた。
犯行の現場《げんじょう》は直ぐに判明《わか》った。裏口から這入ると、田舎一流の一間幅ぐらいの土間が表の通りへ抜け通っている。その右側は土壁で、左側に部屋が並んでいる。その中でも表の八畳が下駄を並べた店らしく、ホコリだらけの棚が天井裏からブラ下がっている。その次の六畳の中《なか》の間《ま》が被害者……仏《ほとけ》惣兵衛の仕事場だったらしく、土間の上《あが》り框《がまち》の真上の鴨居《かもい》に引き付けた電燈の白い笠が半分割れたまま残っている。球は無くなっているが、土間の上の屋根裏の天窓から射し込む、青い青い空の光りで見ると、その上り框の前の土間に、血の上に灰を撒《ま》いたらしい一尺四方ばかりの痕跡が一個所残っている。その灰の痕跡は最初、堆《うずたか》かったものであろうが、血餅《ちのり》が分解して土間に吸い込まれるし、
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