……実は隣家《となり》を買いたいんですが」
 お神さんは妙な顔をして吾輩を見上げ見下《みおろ》した。ドンナに見上げても見下しても家屋敷を買おう……なんていう御仁体《ごじんてい》でない事を自覚していた吾輩は、内心ヒヤヒヤしながら拾い物のステッキを斜《ななめ》に構えて、バットの煙を輪に吹いて見せた。するとお神さんが、慌てて襟元を繕《つくろ》って、櫛巻髪《くしまきがみ》を撫で上げて敬意を払ったところを見ると、多分ソレ位の金持に見えたのであろう。
「ヘエ。それは貴方……それならこの家《うち》の裏からお這入りなさいまっせえ。表の戸口は鍵掛《かか》ってはおりまっせんばってん、裏口の方からは眼立ちまっせんけに……どうぞ……」
 お神さんは吾輩が、もしかすると隣家《となり》へ来る人かも知れないと思ったらしく早くも親切と敬意を見せ初めた。ここで本格式に行くとこのお神さんを捕まえて、根掘り葉掘り当時の状況を聞き訊すところであったが、気が急《せ》いていたのであろう、吾輩はそのまま駄菓子屋の裏庭を通り抜けて、問題の空屋の裏口から、コッソリと這入って行った。
 勿論被害者の後家さんが何とか処分したものと見えて、
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