ないが……。
見ると山羊髯のおやじ[#「おやじ」に傍点]は仕事が閑散だと見えて、大阪の新聞の経済欄を読みながら、朝日を吸っては咳《せ》き入り、咳き入っては水ッ洟《ぱな》をすすり上げている。タヨリない事夥しい。
その背後から近付いて、吾輩が赤鉛筆の筋を引いた下駄屋殺しの記事を指して見せたら、山羊髯は例によって小さな眼をショボショボさせた。蚊の啼くような声を出した。
「ホホホ。又何か仕事を見付けなさったか」
ずいぶん人を喰った挨拶だとは思ったが、この場合、腹を立てる訳にも行かない。
「エエ。仕事を見付けなけあ逐《お》い出されそうですからね」
「ヒッヒッヒッ。ジッヘン。ゴロゴロゴロゴロ。ホホホ。何の記事かいな」
吾輩が差出した新聞の綴込を抱えた山羊髯は、紙面を鼻の先に押付けて、初号活字の標題《みだし》を探り読んだ。コンナ盲目《めくら》同然のおやじ[#「おやじ」に傍点]を、御大層に飼っとく新聞社は、まったくのところ、日本全国に無いだろう。
「この記事は今でも迷宮ですか」
山羊髯は記事を半分読みさしたまま、分厚い鉄縁の近眼鏡を外して、郡山の羽織の袖で拭いた。それからその眼鏡を片耳ずつ叮
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