槌が、おやじの右脇に在る粗末な刻みの煙草盆の横に転がっていた。兇行後、無造作に投出して行ったものと認められた。そのほかに手懸りらしいものといっては一つも半カケも認められない(参考のために附記しておくが、その時分大正十一年頃までは指紋法が全国に普及していなかった)。
 ただ、それだけの現場《げんじょう》である。何も無くなった品物も無く、荒らされている形跡も無い。近所の者の話によるとこの爺さんは綽名《あだな》を仏《ほとけ》惣兵衛と呼ばれていた位の好人物だったそうだ。古くからこの土地で小さな下駄屋を遣っていたが、儲《もう》けた金は病人の女房の養生費にアラカタ注《つ》ぎ込んでいたものだという。だから今度の災難もその女房が、養生に行った留守中、タッタ一人で自炊していたために起った事件に違いないが、売溜《うりだめ》の十一円なにがしの金は、三百四十円ばかりの貯金の通帳と一所《いっしょ》に、手提金庫の中にチャンと在ったのだから、それを目的の仕事とは思えない。しかし又一方にこの惣兵衛さんはモウ六十いくつで、仏と云われる位の好人物だったし、女房のおチカ婆さんというのが又、近所でも評判の堅造《かたぞう》だっ
前へ 次へ
全106ページ中38ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
夢野 久作 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング