をピッタリ卸《おろ》したままである。……いつも早起きの爺さんが……と近所の者が不審を起して、午前の十一時頃になってから、表の板戸を引っぱってみると、何の苦もなくガラガラと開《あ》いた。見ると下駄や草履《ぞうり》を並べた表の八畳の次の六畳の間《ま》の上《あが》り框《がまち》の中央に下駄の鼻緒だの、古新聞だのが取散らしてある中に、店の主人一木惣兵衛(六十四歳)が土間の方を向いて突伏《つっぷ》している。そのツルツルの禿頭《はげあたま》は上框からノメリ出して、その真下の土間に夥しい血の凝塊《かたまり》が盛り上っている。脳天の中央に、鉄槌《かなづち》様の鈍器で叩き破られた穴がポコンと開《あ》いて、真黒な血の紐《ひも》がユラユラとブラ下がっていた。何等の苦悶の形跡《あと》も無い即死と見えた……という簡単な死に方だ。その屍体の両手は、鼻緒をスゲ掛けた、上等の桐柾《きりまさ》の駒下駄をシッカリと掴んでいた……というのだから、註文したお客が、仕事に気を取られている老爺《おやじ》の油断を見澄まして、一撃《ひとう》ちに殺《や》ったものに違いない。現に兇行用のものに相違ない、尖端《はし》に血の附いた仕事用の鉄
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