の朝景色を見晴らす窓を見て、ヤット昨夜《ゆうべ》の事を思い出した。その時にフイッと気が付いて隣りの部屋を覗いて見ると、箱師のお玉が居ない。卓子《テーブル》の上に香水のプンプンするハンカチが一つ残っている切りである。
 吾輩は無性に腹立たしくなった。何かしらシテヤラレタという感じに打たれながらベルを押すと、ボーイが来ないで、支配人が、魔法瓶と新聞を両手に持って這入って来た。
「お早よう御座います。お風呂が湧いております」
 と云い云い妙にニコニコ笑っているのが気になった。
「連《つ》れの人はどうしたい」
「ハイ。今朝《けさ》早く、お出ましに……お立ちになりました」
 と云い紛らしながら、うつむいた。
 可笑《おか》しくて堪まらないのをジッと我慢している恰好である。いよいよ気になった。
 尤《もっと》も笑われるのも無理はないと云えば云える。日本一の間抜け面《づら》に違いなかったんだから……。
「今何時頃なんだい」
「ハイ……五時過で御座います」
「何……五時過……いつの……」
「ヘヘヘ……今日の……」
「きょうは何日だい」
「二十一日……」
「ハイ……只今出ました夕刊で御座います」
 と夜
前へ 次へ
全106ページ中27ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
夢野 久作 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング