振り撒《ま》くつもりで降りたらモウ一人福岡署から加勢が来ている上に、アンタまで跟《つ》けて来るんだもの。妾モウすっかり観念しちゃったけど、アンタの気心がまだわからないから、行くところまで行ってみるつもりでここまで来てみたのよ。……ね……アンタ後生だから今夜妾と一緒に泊って頂戴。アンタ今、どこかここいらの新聞社に這入っているんでしょ。だから妾を奥さんにでもして、一緒に泊めて頂戴。御恩は一生忘れないから。仕事は山分けにしてもいいから……ね……後生だから……ネッ……ネッ!」
 と云ううちに燃ゆるような熱情を籠めた眼付で、今一度、吾輩を見上げ見下《みおろ》した。吾輩はその瞬間純色透明になったような気がした。この素寒貧《すかんぴん》姿を見上げ見下ろされては、腸《はらわた》のドン底まで見透《みす》かされざるを得ない。純色透明にならざるを得ない。吾輩は黙って一つ大きくうなずいた。大いに引受けたところは誠に立派な男であったが、トタンに眼の前で、桃色と山吹色の夢の豪華版が渦巻いたのは吾ながら浅ましかった。事実この時に吾輩は夢ではないかと自分自身を疑ったくらいだ。地獄から極楽へ鞍替えをした亡者はコンナ気持
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