、ヨリ子の下宿の前に着いているところを、写真に撮ってあるんだぞ。その方が国体に拘わるじゃないか……エエッ……」
この威嚇は、たしかに利き過ぎるくらい利いたらしい。夫婦の顔色が同時に土のように暗く変化した。同時に二郎氏のポケットの中の指がムズムズと動いた。ピストルの引金を探っている様子だ。
……ハッ……と思ったトタンに吾輩の手が反射的に動いた。安島二郎の下顎がガチンと鳴った。義歯《いれば》の壊れたのがダラリと唇から流れ出した。そいつを一本背負いに支那|絨氈《じゅうたん》の上にタタキ付けると同時に、轟然とピストルが鳴った。その弾丸《たま》が部屋の隅のグランドピアノを貫いたらしく、器械の間を銛丸《ブレット》がゴロゴロと転がり落ちる音が、何ともいえない微妙な音階を奏《かな》でた。
その音が消えないうちに吾輩は応接間を飛出した。
夫人はトウの昔に眼を白くして、床の上に引っくり返っていた。
社へ帰ると吾輩は、すぐに写真室に駈け込んだ。千代町の電車通りの角に行って、ヨリ子の下宿の写真と、ヨリ子の寝顔を撮って来いと、飲み友達の写真師に命じた。序《ついで》に安島二郎氏夫妻の写真をカードの中か
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