「……僕は……乞食じゃありません」
「イヤ……わ……悪かった。この場だけはドウゾ……拝むから……」
「いけません。書いてちょうだい。すっかりスッパ抜いて頂戴……」
「承知しました。ヘヘヘ……これで血も涙もありますよ」
「……ハハア。貴様は社会主義か……」
安島二郎氏の顔付きが突然、打って変ったように兇悪になった。
金持のお道楽に反抗する奴は、みんな社会主義者と思っているらしい口ぶりだ。
警察に命じて容赦なく引っ括《くく》らせて、貴様の口を塞《ふさ》いで見せるぞ……という威嚇も、その兇悪な面構《つらがま》えの中に含んでいるようだ。
「ナニッ……」吾輩はいきなりグッと来てしまった。「……ナ……何を吐《ぬ》かしやがんだ。貴様みたいな奴が社会主義者を製造するんだ」
二郎氏は素早く右のポケットに手を入れた。その手に飛び付いて吾輩はシッカリと押えた。
「俺を殺して、暗《やみ》から暗《やみ》へ葬る気か。エエッ。これでも日本国民だぞ。犬猫たあ違うんだぞ……」
「……イ……犬猫以上だ。コ……国体に背《そむ》く奴だ」
「ウップ。血迷うな。貴様の家《うち》の……安島子爵家の定紋の附いた俥《くるま》が
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