柔かい、可愛らしい両掌《りょうて》の中に、日一日と小さく小さく丸め込まれて行くのであったが、それにつれて又福太郎は、そうしたお作との仲が、炭坑《やま》中の大評判になっている事実を毎日のように聞かされて、寄ると触《さわ》ると冷やかし相手にされなければならなかったのには、少からず弱らされたものであった。しかもそんな冷かし話の中《うち》でも、「源次に怨まれているぞ」という言葉を特に真面目になって云い聞かせられるのが、好人物の福太郎にとっては何よりの苦手であった。
「源次という男は仕事にかけると三丁下りの癖に、口先ばっかりのどこまで柔媚《やわ》いかわからん腹黒男《はらぐろ》ぞ。彼奴《あやつ》は元来|詐欺賭博《いかさま》で入獄《いろあげ》して来た男だけに、することなす事インチキずくめじゃが、そいつに楯突《たてつ》いた奴は、いつの間にか坑《あな》の中で、彼奴《あいつ》の手にかかって消え失せるちう話ぞ。彼奴《あいつ》がソレ位の卑怯な事をしかねん奴ちう事は誰でも知っとる。彼奴《あいつ》に違いないと云いよる者も居るには居るが、なにせい暗闇の中で、特別念入りに殺《や》りよると見えて、証拠が一つも残っとらん
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