流石《さすが》に鈍感な福太郎もすくなからず面喰らわせられた。何もかも心得ているお作の前にかしこまって、赤ん坊のようにオドオドするばかりであったが、それでもどうしていいか解からないまま五日十日と経って行くうちに、福太郎はいつの間にか、お作の白い顔を見に帰るべく仕事の仕上《きりあ》げを急ぐようになっていた。毎朝起きて見ると、自炊時代と打って変って家《うち》の中がサッパリと片付いている枕元に、キチンと食事の用意が出来ているのが、勿体ないくらい嬉しかったばかりでなく、夕方疲れてトボトボとうなだれて帰って来る坑夫納屋の薄暗がりの中に、自分の家だけがアカアカとラムプが点《つ》いているのを見ると、有り難いとも何とも云いようのない思いで胸が一パイになって、涙が出そうになる位であった。しかもそれと同時に翌る朝四時から起きて、一番方の炭坑入りをしなければならぬ事を思い出すと、タマラナイ不愉快な気持に満たされて、又も力なくうなだれさせられる福太郎であった。
 こうして単純な福太郎の心は、物の半月も経たない中《うち》にグングンと地底の暗黒から引き離されて行った。そうしてこんな炭山《やま》の中には珍らしいお作の
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