大鉄鎚《おおかなづち》をシッカリと握り締めていたが、その青黒い鉄の尖端からは黒い血の雫《しずく》が二三本、海藻《うみも》のようにブラ下っているのであった。
 そんな光景を見るともなく見まわしているうちに福太郎は、ヤット自分が仕出かした事が判然《わか》ったように思った。そうして何のためにコンナ事をしたのか考えようとこころみたが、どうしても前後を思い出す事が出来ないので、今一度部屋の中をキョロキョロと見まわした。その時にラムプの向う側からバタバタと走り出て来たお作が、殆んど福太郎に打《ぶ》っ突かるようにピッタリ縋《すが》り付いたと思うと、酔いも何も醒め果てた乱れ髪を撫で上げながら、半泣きの声を振り絞った。
「……アンタ――ッ……どうしたとかいなア――ッ……」
 すると、それに誘い出されたように五六人の男がドカドカと福太郎の周囲《まわり》に駈け寄って来て、手に手に腕や肩を捉えた。
「どうしたんかッ」
「どうしたんかッ」
「どうしたんかッ」
 しかし福太郎は返事が出来なかった。現在眼の前にブッ倒れている源次の頭でさえも、自分が砕いたものかどうか、ハッキリと考え得なかった。そうしてその代りにタッ
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