の福太郎の眼の前には、稍《やや》暫くの間、おなじ暗黒《くらやみ》の光景が連続していた。しかしその暗黒の中に時々、安全燈《ラムプ》の網目を洩れる金茶色の光りがゆるやかに映《さ》したり、又静かに消え失せたりするところをみると、それは福太郎が斜坑の上り口から三十度の斜面へ歩み出した時の記憶の一片が再現したものに違いなかった。その仄《ほの》かな光線に照し出された岩の角々は皆、福太郎の見慣れたものばかりであったから……。
けれども、やがてその金茶色の光りが全く消え失せて、又、もとの暗黒に変ったと思うと間もなく、その暗黒《くらやみ》のはるかはるか向うに、赤い光りがチラリと見えた。
それは福太郎が、炭車《トロッコ》と落盤の間に挟まれる前にチラリと見た赤い光りの印象が再現したものであった。しかもその時は坑口《こうぐち》に沈む夕日の光りではないかと思っただけに、ホントウは何の光りか解らないまま忘れてしまっていたのであったが、現在眼の前に、その刹那の印象が繰返して現われて来たのを見ると、その光りの正体が判然《わか》り過ぎる位アリアリとわかったのであった。
それは連絡を失った四函の炭車《トロッコ》の車
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