て炭車《トロッコ》に乗る事を厳禁されていたので、その炭車《トロッコ》に誰かが乗っていて、福太郎が上《あが》って来るのを見かけて故意にケッチンのピンを抜いたろう……なぞいう事は誰一人想像し得る者がなかった。又カンジンの御本尊の福太郎も、烈しい打撃を受けた後の事とて、その炭車《トロッコ》に誰が乗っていたか……なぞいう事はキレイに忘れてしまっていたばかりでなく、自分が何のために、どうして斜坑を歩いていたかすら判然《はっきり》と思い出せなくなっていたので、ヤット気が落ち付いて皆の話が耳に止まるようになると、一も二もなく皆の云う通りの事実を信じて、驚いて、呆れて、茫然となっているばかりであった。
 そんな状態であったから結局、出来事の原因は解らないずくめになってしまって、福太郎の遭難も自業自得といったような事で、万事が平々凡々に解決してしまった。その後《あと》で他所《よそ》から帰って来た炭坑医も、福太郎の疵があんまり軽いのを見て笑い笑い帰って行った位の事だったので、集っていた連中もスッカリ軽い気持になって、ただ無闇《むやみ》と福太郎の運のいいのに驚くばかりであった。そうして揚句《あげく》の果は、
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