に依ると福太郎は帰りを急いだものらしく、迂回した人道を行かずに、禁を犯して斜坑の方へ足を入れた。しかも六時の交代前の十台の炭車《トロッコ》が、まだ斜坑を上り切って終《しま》わないうちに跡を追うようにして、着炭場(斜坑口)から徒歩で上《のぼ》り始めたものであったが、折悪しくその第七番目の鰐口《わにぐち》に刺さっていた鉄棒《ピン》が、ドウした途端《はずみ》か六番目の炭車《トロッコ》の連結機《ケッチン》の環《かん》から外《はず》れたので、四台の炭車《トロッコ》が繋がり合ったまま逆行して来て、丁度、福太郎が足を踏掛けていた曲線《カーブ》の処で、折重なって脱線顛覆したもので、さもなければ福太郎は、側圧で狭くなった坑道の中で、メチャメチャに粉砕されていた筈であったという。
 しかし元来、坑道に敷いてある炭車《トロッコ》の軌条は、非常に粗末な凸凹《でこぼこ》した物なので、連結機《ケッチン》の鉄棒《ピン》が折れたり外れたり、又は索条《ワイヤロープ》が、結目《トックリ》の附根から断《き》れたりする事は余り珍らしくないのであった。ことに最近斜坑の入口で二人の坑夫が遭難してからというもの、危険を虞《おそ》れ
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