壁から反射する薄明りの中を、頭を打たない用心らしく、背中を丸くして突伏したまま揺られて行った。着ている印半纏《しるしばんてん》の背印は平常《いつも》の※[#「┐」を全角大とした、屋号を示す記号、312−16]《カネ》サとは違っていたけれども、その半纏の腋の下の破れ目から見えた軍隊用の青い筋の這入った襯衣《シャツ》と、光るほど刈り込んだ五分刈頭の恰好が、源次のうしろ姿に間違いないのであった。しかもソンナ風に頭を抱えて小さくなった源次のうしろ姿を今一度、お作の白い顔と並べて思い出した福太郎は、怖ろしいというよりも寧《むし》ろ、何だか済まないような……源次に怨まれるのは当然《あたりまえ》のような気がして仕様がなくなった。源次の姿を吸い込んで行った斜坑の暗黒《くらやみ》に向って、人知れずソッと頭を下げてみたいようなタヨリない気持にさえなったのであった。
しかし福太郎は間もなくそんな思出や、感傷的な気持の一切合財が、クラ暗の中で冴え返って行く自分の神経作用でしかないようにも思われて来たので、そんな馬鹿げた妄想の全部を打切るべく頭を強く左右に振った。するとその拍子に左手に提げている安全燈《ラムプ
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