相手にして踊ろうとは思わなかったのであった。皮肉といおうか大胆といおうか。一度は思わず喝采をしたものの、流石《さすが》の荒くれ男共もこうしたお作のズバリとした思付きに、スッカリ荒胆《あらぎも》を奪《と》られてしまって、その次の瞬間には、水を打ったようにシンとして終《しま》ったのであった。今にも血の雨が降りそうなハッとした予感に打たれて……。
 しかしお作は平気の平左であった。その中央《まんなか》に突立って、アカアカとした洋燈《ラムプ》の光りの中《うち》にトロンとした瞳《め》を据えながら、ウソウソと隅の方の暗い所を覗きまわった。
「……源次さん。出て来なさらんか。マンザラ妾と他人じゃなかろうが」
 皆はイヨイヨ固唾《かたず》を飲んで鎮まりかえった。その中で誰か一人、クスリと笑った者があったが、それが却《かえ》って室《へや》の中の静けさを一層モノスゴク冴え返らせた。
「……嫌《いや》らッサなあ。タッタ今、そこに御座ったとじゃが。小便に行かっしゃったとじゃろか」
 と呟やきながらお作はチョイト表の方の暗がりを振り返った。すると皆も釣り込まれたように、お作と一緒の方向を振り返ったが、外の方には源次らしい咳払いすら聞こえなかった。
 仕繰夫《しくり》の源次は、そうした皆の視線とは正反対の方向に、小さくなって隠れていたのであった。室《へや》の奥の押入の前に立てた、新聞|貼《ばり》の屏風の蔭に、コッソリと跼《うずく》まり込みながら、眼の前で、苦しそうに肩で呼吸《いき》している福太郎の顔を、一心に見守っていた。ツイ今|先刻《さっき》まで、真赤になっていたその顔が、次第次第に青褪めて、眼を見開いた行き倒れのように、気味の悪い、ゲッソリとした表情に変って行くのを、驚き怪しみながら見とれているのであった。

       下

 福太郎は最前から、押入の前に横たおしになったまま、割れるような頭を、両手でシッカリと抱えていた。思わず飲まされ過ぎた直し酒に、スッカリ参ってしまって、暫くの間は呼吸《いき》が出来ないくらい胸が苦しくなっていた。耳の附け根を通る太い血管の鳴る音が、ゾッキリゾッキリと剃刀《かみそり》で削るように聞こえて、眠ろうにも眠られず、起きようにも起きられない苦しさのうちに、ツイゾ今まで思い出した事もない、子供の時分の記憶の断片が、思いがけない野原となったり、眩《まぶ》しい夕焼
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