。久し振りのお作どんじゃい。若い亭主持ってもなかなか衰弱《めげ》んなあ」
「メゲルものかえ。五人や十人……若かりゃ若いほどよか」
「アハハハハ。なんち云うて赤いゆもじ[#「ゆもじ」に傍点]は誰《だ》がためかい」
「知りまっせん。大方|伜《せがれ》と娘のためだっしょ」
「ウワア。こらあ堪らん。福太郎はどこさ行《い》たかい」
「押入《おしこみ》の前で死んだごとなって寝とる」
「アハハ。成る程。死んどる死んどる。ウデ蛸《だこ》の如《ごと》なって死んどる。酒で死ぬ奴あ鰌《どじょう》ばっかりションガイナと来た」
「トロッコの下で死ぬよりよかろ」
「お作どんの下ならなおよかろ」
「ワハハハハ」
「おい。みんな手を借せ手を借せ。はやせはやせ」
 と云ううちに皆《みんな》は、コップを抱えたお作の周囲《まわり》をドヤドヤと取巻いた。そうして嘗《かつ》て、ウドン屋でお作を囃《はや》した時の通りに、手拍子を拍《う》って納屋節を唄い出した。
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「白い湯もじ[#「もじ」に傍点]を島田に結《ゆ》わせエ
赤いゆもじ[#「ゆもじ」に傍点]を買わせた奴はア
どこのドンジョの何奴《どんやつ》かア
ドンヤツドンヤツどんやつかア
ウワア――アアア――」
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「ようし……」
 とお作は唄が終るか終らぬかに、コップの冷酒をグイと飲み干して立ち上った。
「そんげに妾《あたし》ば冷やかしなさるなら、妾もイッチョ若うなりまっしょ」
 と云ううちに、そこに落ちていた誰かの手拭を拾って姉さん冠《かぶ》りにした。それから手早く前褄《まえづま》を取って、問題の赤ゆもじ[#「ゆもじ」に傍点]を高々とマクリ出したので、皆一斉に鯨波《ときのこえ》を上げて喝采した。
「……道行き道行き……」
 と叫んだ者が二三人あったが、その連中を睨みまわしながらお作は、白い腕を伸ばしてラムプの芯を煤《すす》の出るほど大きくした。
「源次さん。仕繰《しく》りの源次さん……アラ……源次さんはどこい行きなさったとかいな」
 その声が終るか終らないかにモウ一度、割れむばかりの喝采が納屋を揺がしたが、今度は忽ち打切ったようにピッタリと静まり返った。
 皆はこの時お作が、饂飩《うどん》屋時代に得意にしていた道行踊りを踊ろうとしている事を、アラカタ察しているにはいた。併し真逆《まさか》に問題の黒星になっている源次を
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