も最前から何くれとなく世話を焼いていた仕繰夫《しくり》の源次が、特別に執拗《しつこ》く盃を差し付けたので、元来がイケナイ性質《たち》の福太郎は逃げるのに困ってしまった。
「おらあ酒は飲み切らん飲み切らん」
の一点張りで押し除《の》けても、
「今日ばっかりは別ですばい」
と源次が妙に改まってナカナカ後に退《ひ》きそうにない。そこへお作が横合いから割込んで、
「福さんはなあ。親譲りの癖でなあ。酒が這入ると気が荒うなるけん、一口も飲む事はならんチウテ遺言されて御座るげなけになあ。どうぞ源次さん悪う思わんでなあ」
と散々にあやまったのでヤット源次だけは盃を引いたが、他の者は、その源次へ面当《つらあて》か何ぞのように、無理やりにお作を押し除《の》けてしまった。
「いかんいかん。源公が承知しても俺が承知せん。酒を飲んで気の違う人間は福太郎ばっかりじゃなかろう。親代りの俺が付いとるけに心配すんな」
とか何とか喚《わめ》き立てながら、口を割るようにして、日陽《ひなた》臭いなおし[#「なおし」に傍点]酒を含ませたので、福太郎は見る見る顔が破裂しそうになるくらい真赤になってしまった。平生《ふだん》から無口なのがイヨイヨ意気地が無くなって盃を逃げ逃げ後退《あとしざ》りをして行くうちに、部屋の隅の押入の半分|開《あ》いた襖《ふすま》の前に横倒しになって、涙ぐんだ眼をマジリマジリと開いたり閉じたりしながら、手を合わせて盃を拝むようになった。
すると集まった連中は、これで御本尊が酔い倒れたものと思って満足したらしい。盃を押しつけに来る者がヤット無くなって、後は各自《めいめい》勝手に差しつ差されつする。その中にお作がタッタ一人の人気者になって、手取り足取りまん中に引っぱり出されて、八方から盃を差されたり、お酌をさせられたりしていたが、そのうちにいつの間にかお作自身が酔っ払ってしまったらしい。白い脂切《あぶらぎ》った腕を肩までマクリ上げると、黄色い声で相手構わず愛嬌を振り撒きはじめた。
「サア持って来なさい。茶碗でも丼《どんぶり》でも何でもよか」
「アハハハ。お作どんが景気付いたぞい」
「今|啼《な》いた鴉《からす》がモウ笑ろた。ハハハハ」
「ええこの口腐れ。一杯差しなさらんか」
「ようし。そんならこのコップで行こうで」
「まア……イヤラッサナア……冷たい盃や受けんチウタラ」
「ヨウヨウ
前へ
次へ
全23ページ中13ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
夢野 久作 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング