禿頭《はげあたま》は草箒を構えて睨み付けた。
「……馬鹿野郎……あっちへ行け……」
万平は禿頭《はげあたま》の見幕に震え上った。起上りながら後退《あとじさ》りをした。その時に最前の娘が、暗い小格子からチラリと顔を出した。
万平は横ッ飛に逃出した。
万平はお尻を泥ダラケにしたまま、腕を組んで考え考え歩いた。
頭の中が心配で一パイになって、どこをどうあるいたのかわからなかったが、背後《うしろ》から人が笑うような声がしたので、フト頭を上げてみると俎橋の警察の前に来ている事に気が付いた。万平はそこで又、暫く考えていたが、思い切って、警察の前の石段を上って行った。
警察の中では巡査が三人、机越しに向い合って欠伸《あくび》をしていた。万平が這入って来ると三人が三人とも、万平のお尻にベッタリとクッ附いている泥に眼を付けた。
万平は何がなしにピョコピョコとお辞儀をした。
「何か……何しに来たんか……」
「ヘイ、ヘイ、それが……そのお願いに参りましたんで……」
「何だ。喧嘩したんか」
「いいえ。そんなんじゃ御座んせんので実は……その何なんで……」
「何でも良い。云うて見い」
万平は又もヒョコヒョコお辞儀しながら、吃り吃り事情を話した。
「ヘイ。そんな訳なんで……どうもあすこの材木置場って奴はロクな処じゃねえんで……変な野郎や阿魔《あま》ッ子の巫戯《ふざけ》場所になっておりやすんで……ヘイ。ツイこの間も人殺しがオッ初《ぱじま》りかけた位なんで……ヘイ。だから今夜もアブネエと思うんでげす。片ッ方の野郎が、どーも尋常《ただ》の野郎じゃねえと思うんで……。娘ッ子の方は何も知らねえらしいんで……ヘイ。どうぞ……どうぞ助けてやっておくんなさい」
万平は進み寄って、警官の前の机に両手を支《つ》いて繰返し繰返しお辞儀をしては汗を拭った。
警官は三人ともニヤニヤと笑った。
若い上役らしい金筋の這入った一人が、煙草に火を点《つ》けて悠々と烟《けむり》を吐いた。
色の黒い人相の悪い一人はシンミリと鼻毛を抜き初めた。突然大きな声で……ファークション……と云った。
今一人はチャップリン髭を撫でながら、眼を細くして云った。
「……よしよし……わかったわかった……安心して帰れ」
万平は張合い抜けがしたように、三人の警官を、見まわした。シオシオと頸低《うなだ》れて出て行った。外はモウ真暗
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